グランジバンドと一口に言っても、各々のバンドの音楽性って全く異なりますよね。
ニルヴァーナやマッドハニーはパンクをベースにした曲が多いと思いますが、パールジャムやサウンドガーデンなんかはハードロックやメタルの要素が目立ちました。結局、グランジというカテゴライズが音そのものから生まれたものではなく、それぞれのバンドの出身地やファッション面からの区別だったのかもしれません。
ではアリス・イン・チェインズはどうか?
初期の頃のファッションはいわゆるグランジ系ですね。ダメージのあるジーンズにブーツ。やかましい柄のシャツなんかはパールジャムにも通ずるものがあります。結成場所も当然のようにシアトルですし、典型的なグランジバンドと言っていいんじゃないでしょうかね。
ただ音の面でいうと「これグランジかあ?」と思いませんか。
グランジサウンドというと、(主にギターが)ノイジーではあるんだけど音の粒が潰れすぎず、コード感のある音がしっかりと耳に残る感じです。
それに比べてアリス・イン・チェインズのサウンドは、どう聴いてもメタル。重た~いサウンドのヘヴィーメタルじゃないですか?
ミュートでザクザク刻むリフに、ダウンチューニングによる重いギターフレーズ。
音を楽しむと書いて音楽なのに全く楽しめない。それほどダークでヘヴィな曲が大半を占めるバンドだと思います。
それでもこのバンドは決してヘヴィーメタルではない。
それは美しいメロディが根底にあるから。
Voのレイン・ステイリーとGtのジェリー・カントレル。この2人がいたからこそアリス・イン・チェインズはただのメタルバンドに成り下がらず、かと言っていわゆるグランジ/オルタナバンドとは一線を画したバンドとしてその地位を確固たるものとしたんだと思います。
高速ギターリフからのテクニカルなギターソロ。ダウンピッキングオンリーのベースとツーバス必須のドラムのリズム隊。当時のメタルバンドと言えば、やはりスピードとテクニックを重視した曲が多かったんじゃないですかね。バンドによってはキャッチーなメロディやフレーズもありましたけれど、そこが本質ではないと思います。
デビューアルバム『Facelift』ではまだそこまでおどろおどろしい雰囲気は少なく、ファンク調の曲もあったりして良質なHR/HMといった感じです。スラッシュメタルのようなスピード感で疾走するというわけではなく、ミドルテンポでヴォーカルとギターをじっくりと聴かせる作風はそれ以降の彼らの作品にも引き継がれていきました。
映画『SINGLES』に提供された「Would?」のシングル発売の後、2nd『Dirt』を発表。これが90年代の音楽シーン史上に残る大名盤です。前述したようにサウンド面ではかなりHR/HMの影響がありますが、独特の世界観とダークながらもメロディアスなヴォーカルは他のメタルバンドとは一線を画しています。
絶望的なまでにダークなアルバム
1曲目の「Theme Bones」と2曲目の「Dam That River」はアルバムの中でもキャッチーで聴きやすい曲です。とはいえ同時期のほかのバンドの曲と比べたら暗くて重いのですが。彼らなりのロックンロールとでもいいますか、軽快でノリがいい感じはします。
このアルバムの真骨頂は3曲目「Rain When I Die」から始まります。彼ら独自のダークなグルーヴなのですが、重いベースラインとドラムにうねるようにギターが絡みつくイントロから始まります。そして何よりレインの感情を押し殺したようなヴォーカルが、彼らの不気味な世界観を完成させています。
「Sickman」はタイトルもネガティブですが、曲そのものも実に不気味で気味が悪いものになっています。そもそもタイトルがすでに病んでいますね。「Rain When I Die」もそうなのですが、スローな曲にこそアリス・イン・チェインズの魅力が詰まっています。
ジェリーの父親のベトナム戦争での体験を基にした「Rooster」もスローでダークな曲。サビのレインのシャウトが印象的です。他の曲もそうなのですが、絶望的な状況から何かを渇望するような彼の叫びが僕は非常に好きです。
「Junk Head」、「Dirt」、「God Smack」もヘヴィーなグルーヴを産み出している佳曲です。このグルーヴ感のキモはDrのショーン・キニーのドラミングにあると思っています。決して手数が多いドラマーではないですが、スローテンポが故に退屈にならないようなアクセントとして、シンバルやスネア等がアクセントとして効果的に使われています。こういった点は技術というよりもセンスなのかなと思いますね。
「Hate To Feel」はそんなショーンのドラムセンスが光る曲です。曲調が曲調なだけに派手で目立つドラマーではないでしょうけど、僕はドラマーとしてかなり好きな部類ですね。同時期のドラマーとしては、ニルヴァーナのデイブ・グロールやレッド・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミスのような音もパフォーマンスも派手なドラマーが目立ちますが、こういった縁の下の力持ちといった感じのドラマーも魅力的です。
アルバム最後の3曲の流れは完璧です。このアルバムは捨て曲なしだと思いますが、この3曲は別格の完成度です。アリス・イン・チェインズというバンドの世界観が凝縮して詰まっているといってもいい気がしますね。
「Angry Chair」はやはりレインの無感情で病的で陰鬱な歌い出しが印象的な曲です。特徴的なギターフレーズと合わせるとどこかしら宗教的な匂いがします。意外とサビのフレーズがキャッチーなのに驚かされます。でも終わり方はやはり何の希望も見いだせないような終わり方です。当時はこんなにもネガティブなバンドが売れていたんですねえ。
「Down In A Hole」はタイトルからして暗い気分にさせてくれます。それでもサビのレインとジェリーのハーモニーが非常に美しく、ダークな中にも光を見出せるような印象です。まあ歌詞の内容はひどくネガティブなんですけど。そしてこの曲は僕が考えるグランジ3大バラードのひとつです。ひとつはパールジャムの『Vitalory』の記事でも少し触れた「Off He Goes」という曲です。もうひとつはいずれ紹介できたらと思います。
アリス・イン・チェインズ2020年の現在も活動していますが、レインはいません。彼は2002年にドラッグのオーヴァードーズで亡くなっています。今は別のヴォーカリストを立てて活動しており、アルバムも3枚出しています(いまやレイン存命時のアルバムと同じ枚数です)。少しだけ聴きましたけど、アルバム購入までは至っていないですね。いまもメインソングライターはジェリーですし、彼ららしい作風の楽曲のようですけど、僕の中ではアリス・イン・チェインズのヴォーカリストはレイン・ステイリーに他ならないんですよね。「ヴォーカルが変われば別バンド」とはよく言われますが、それ以前にあの世界観は彼の声なくして成り立たないと思うんですよね。
当時彼らを聴かなかった大人たちや今の若い人たちにもぜひ聴いてほしいアルバムです。本当に名盤ですよ。