あまり日本では知られていないんですけど、SUNNY DAY REAL ESTATE(サニー・デイ・リアル・エステイト)というバンドがいます。いや、いたと言うべきでしょうか。ベースのネイト・メンデルが今ではフー・ファイターズのメンバーだから、熱心な洋楽ファンの間ではまだ知られたバンドなはずです(ドラムのウィリアム・ゴールドスミスもフー・ファイターズに参加していましたが、のちに脱退)。
1992年結成、94年にサブ・ポップより発表したデビューアルバム『Diary』が人気を博します。このアルバムがエモというジャンルの歴史の中でも傑作という評価を受けており、エモ黎明期を代表するバンドです。ノイジーなギターをバックに、悩める若者特有のナイーブなヴォーカルが揺れ動く感情を歌い上げる様は、のちのエモバンドたちへ多大なる影響を与え、今日のエモの礎を築いたと言っても過言ではないです。
2000年に4枚目のアルバムを発表してから、数年の発動停止を経たのちに再結成してはいるものの、新たなアルバムは発表していません(一応、2014年にサーカ・サーバイブというバンドとのスプリットで新曲を1曲は発表しましたが)。
エモというジャンルの草分け的存在である彼らの音楽の特徴は、やはり情感あふれるジェレミー・イーニック(Vo&Gt)のヴォーカルにあります。力強い、男臭いという歌声の持ち主ではなく、先にも述べたように内気な青年が自らの苦悩をさらけ出すかのような、非常に繊細で透明感のある歌い方です。
で、現時点でのラストアルバムとなっている『The Rising Tide』こそが、彼らの最高傑作にあたると思っています。
絶対的なまでの神々しさを放つ楽曲群
彼らの代表作と言えば、やはりエモというジャンルの中でも傑作とされる『Diary』がよく挙げられます。たしかにジェレミーの柔らかな歌声に激しい演奏がマッチした良いアルバムなのですが、作曲面でも音質の点でも、デビュー作ゆえの粗削りな部分があることは否めません。
『The Rising Tide』はキャリアを積んだこともあるでしょうが、曲の洗練具合や音質においてグレードが上がっています。まあ、音質の違いについてはインディーレーベルとメジャーレーベルの差(費用面)もあるとは思いますけど。
そして何よりも『The Rising Tide』には、彼らが築き上げた独自性に富んだ世界観ががあります。ただ単に美メロでミディアムテンポのロックというだけでなく、俗世間とはかけ離れたような、それこそ「清廉」という単語が似合いますね。誰もが好むようなわかりやすいロックではありませんが、逆に彼らにしか鳴らせない音があります。
この「One」という曲はまさにサニー・デイ・リアル・エステイトらしさに包まれた曲です。ジェレミーのハイトーンヴォイスには太さがないかもしれませんが、ギター、ベース、ドラムの重厚な演奏が、なよなよした雰囲気にはさせません。特にギターの静と動がちょいちょい入れ替わるのですが、一つの曲の中で目まぐるしく印象が変わっていきます。また、「Disappear」、「Television」も美しい旋律とヘビーな演奏が共存した良曲です。「美しい曲だけど、決しておとなしい曲ではない」サニー・デイ・リアル・エステイトの魅力をぜひ堪能していただきたいです。
1曲目の「Killed By An Angel」は、このアルバムの中で最もバンドサウンドを感じる曲です。イントロとサビだけ聴くとまるで違うバンドです。しかしタイトルだけ読むと中二病感が満載ですね。
とにかくこういった風に、切ないを通り越して、永遠に眠っていたいような気分にさせる曲にあふれた名盤です。そもそもジャケットからして、神様の世界に連れていかれそうな雰囲気が滲み出ています。ジェレミーはバンド活動の途中から、キリスト教の信仰を深めたということですので、そのへんも曲作りに影響しているかもしれません。
この作品の後に、サニー・デイ・リアル・エステイト名義のアルバムは発表されていないのですが、ジェレミー、ネイト、ウィリアムの3人でTHE FIRE THEFT(ファイア・セフト)というバンドを結成しています。ただアルバム一枚作ったきりなんですよね。しかも『The Rising Tide』の延長線といえる作風なんですけど、ダイナミズムに欠けるというか、なにか物足りないんですよね。
ちなみにフー・ファイターズで大成功を収めてしまったネイト・メンデルはこの作品に参加しておらず、ジェレニーともう一人のギタリスト、ダン・ホーナーがベースを弾いているようです。せっかくの名アルバムなのに、オリジナルメンバーで作れなかったのは残念ですね。まあ、人間関係もなかなか複雑なバンドのようです。そのあたりの話はぜひネットで調べてみてください。