90年代グランジムーブメントのバンドの特徴と言えば、陰鬱でヘビーな曲、ラウドな演奏、怒りを伴ったヴォーカルが挙げられるかと思います。ついでに言えば、ボロボロの服装=グランジファッションもそうですけど。
ニルヴァーナのカート・コバーンや、パール・ジャムのエディ・ヴェダーなどは、自らの感情(特に怒り)を剥き出したにしたヴォーカルスタイルが彼らの魅力でした。彼らが書く詞の内容も含めて、当時の若者達の代弁者として崇め奉られてましたね。その他にも、アリス・イン・チェインズのレイン・ステイリーやマッドハニーのマーク・アームらも、激しいシャウトがヴォーカリストとしての彼らの持ち味です。
では同じく初期のグランジバンドのサウンドガーデンのクリス・コーネル(Vo&Gt)はどうでしょう。
グランジバンド随一のシンガー
彼も非常にエモーショナルなヴォーカリストだと思いますし、実際に彼のシャウトは先に挙げたヴォーカリスト達に引けを取らないものです。ただ、僕は彼のヴォーカリストとしての凄さはそういった感情的な表現力だけでなく、「単純に歌が上手い」ことに尽きると思っています。もちろん一流のヴォーカリストが歌が上手いのは当然なのかもしれませんが、言ってもロックバンドのシンガーですからね。R&Bやコーラスグループのヴォーカルほど、本格的にシンガーとしての修練は積んでない人が多いでしょう。
4オクターブに及ぶ声域の持ち主でもあり、クリスのシンガーとしての技量は他のグランジ/オルタナバンドのヴォーカリスト達の遥か上に到達しています。それはヘビーでダークなサウンドガーデンの楽曲が、いちハードロック/メタルバンドで終わらなかった大きな要因のひとつでもあったように思います。
そこで今回紹介するのは、彼らにとって4枚目のアルバムとなる『Superunknown』です。このアルバムはクリスの歌い手としての真価が存分に発揮された一枚になっています。なおかつサウンドガーデンらしいヘビネスも堪能できる名盤ですね。
サウンドガーデンと言えば、このアルバムの前に『Badmotorfinger』というアルバムを出しており、そちらもかなり良い作品です。『Superunknown』よりももっとメタル色が強く、スピード感がありますね。サウンドガーデンを好きな人は『Badmotorfinger』派か『Superunknown』派に分かれるんじゃないかと思っています。
僕はどちらかと言えば『Superunknown』派でして、ミドル~スローな曲が多い代わりに、彼らのダーク且つヘビーなグルーヴを感じられるのが気に入っています。そしてこのアルバムと言えば、やはりグラミー賞(第37回最優秀ハードロック・パフォーマンス)受賞の「Black Hole Sun」が有名ですね。
うーん、実に不気味で不可解なPVです。サウンドガーデン特有のおどろおどろしさがありつつ、サビの案外キャッチーなメロディが耳に残ります。けれど強いて不満を挙げれば、ヘビーさが薄いのと、クリスのヴォーカルの凄みがあまり感じられない点ですかね。全米ではヒットしたシングルだったようですが、僕は彼らの曲の中ではそこまで熱中しなかった曲でした。
アルバム1曲目の「Let Me Drown」なんかは、まさに彼らの長所だけを集めたような曲です。冒頭から自然と体を揺らしたくなる、ドラムとベースが中心となった、なんかよくわからんヘンテコな謎グルーブが心地いいですね~。ベン・シェパード(Ba)とマット・キャメロン(Dr)のリズム隊は、数あるグランジバンドの中でもトップクラスのコンビネーションだと思います。キム・セイル(Gt)のギターも、ヘビーなリフとテクニカルなソロが両方とも格好よく決まっています。そして低音から高音まで幅広い音域で歌い上げるクリスのヴォーカル。シャウトの場面でも、ただ叫ぶだけでなく、抑揚をつけた歌い方はやはり他のロックバンドのシンガーとは一線を画しています。
「My Wave」もタテノリ必至なグルーブ溢れる曲ですが、「Let Me Drown」と比べるとややキャッチーなメロディとリフが目立ちます。記憶が確かならば、昔彼らのインタビュー記事で「アルバムには1、2曲はコマーシャルな曲を意図的に入れる」といった内容を目にしたことがありましたが、この曲はそういう風にラジオなどでかかりやすいことを念頭に置いて作られたのかもしれません。
グルーブと言えば「Spoonman」も特徴的なリズムを持った曲です。この曲は何と言っても、スプーンを楽器として扱う “Artist The Spoonman” というストリートパフォーマーとコラボした楽曲で、実際に彼が鳴らすスプーンの音色が加わっています。PVでも彼の演奏する場面を観ることができます。
スプーンを使ったソロがメチャクチャ格好よくないですか。音だけでなく彼のパフォーマンスも躍動感があって見入ってしまいます。さすがはストリートパフォーマーですね。ちなみにこの曲も「Black Hole Sun」と同じくグラミー賞を受賞しています(第37回グラミー賞最優秀メタル・パフォーマンス)。1枚のアルバムで、ハードロックとメタル両方の最高の評価を受けるなんて、どんな怪物級のアルバムなんだって気はしますが。
「Fell On Black Days」、「The Day I Tried To Live」はスローでヘビネスを重視した曲ですが、その分、クリスのシンガーとしての魅力が詰まっています。「Fell On Black Days」では、高音パートよりも低音の部分をしっとりと歌うクリスの声が渋くて格好いいです。反対に「The Day I Tried To Live」は、サビで高らかに高音のメロディを歌い上げるクリスのシャウトがいいですね~。闇雲に自分の感情を歌声に乗せるだけでなく、声もひとつの楽器として聴かせるといった印象を受けます。
そしてアルバム中、僕の一番のお気に入り曲がタイトル曲の「Superunknown」です。
イントロのギターからして、彼ら特有のうねりのあるグルーブが際立っていますね~。この曲の主役は何と言ってもキム・セイルのギターにありますね。ぐるぐると回転しながらまとわりつくようなリフはもちろんのこと、終盤のギターソロなんて耳の奥にこびりつくような、粘着性のあるフレーズがたまりません。クリスのハイトーンヴォイスもしっかり堪能できる1曲です。
残念ながら2017年にクリス・コーネルは急逝しました。死因は自殺と報じられています。しかもサウンドガーデンも再結成して、ツアーの真っ最中の出来事です。ソロミュージシャンとしても活躍していたなど、非常に才能がある人物だっただけに、何故と思いました。ただ、本人にしか分からない苦悩もあったんでしょう。
それにしてもグランジバンドのヴォーカリストは早死にしますね。年をとって、若いころとは違うアプローチをした彼らの音楽をもっと聴きたかったのに、と思うこともあります。だからこうやって昔の音源を何度も聴いて、良さを再発見して、もっといろんな人に知ってもらいたい作品が多くあります。サウンドガーデンは日本ではそこまでの人気はありませんでしたが、クリスはバンド解散後、オーディオスレイブ(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのメンバーと組んだバンド)に参加したときには結構注目されました。当時の日本ではレイジの方がサウンドガーデンよりも人気があり、知られていましたから、「これでクリス・コーネルの凄さが伝わる」と感慨深かったものです。
万人受けするような曲は少ないかもしれませんが、音楽好き、ロック好きにこそぜひ聞いてほしいアルバムであり、バンドです。